ミュータントはコバルト爆弾を崇拝するか?

超管理社会としての日本社会は、超監視体制を実現しており、社会全域を監視ショー会場へと変えています。 市民達は超管理社会に従属する見返りに残虐な監視ショーを与えられ楽しんでいるのです。 この666的な文明が科学崇拝や環境破壊の原因でもあります。

生産国として終了、開発はイマイチって事で、やっぱ終了コンテンツなのかな?

戦後日本の高度成長を担った中心産業は、自動車関連産業でしたね。自動車の生産と輸出が経済成長を支える時代でした。

ところで、戦前戦中の日本は、国家の全面バックアップにも関わらず、性能の良い自動車を開発もしくはコピーする事が出来ていませんでした。現場では日産等のトラックは軒並み故障し、兵隊に人気が有るのは輸入車両だったのです。

戦後になって、突然海外市場レベルの車を生産出来る様になったのは、戦後間も無く勃発したベトナム戦争時に、アメリカの軍用トラックの生産ラインが日本に移転されたからでした。戦後日本の自動車産業は実はそこから出発したのです。

そんなワケで、実は日本人が聞かされている日本の技術立国ネタは、眉唾モノが沢山有るのです。戦前にも欧米製品は、少なくともサンプルとしては外国企業から手に入ったのに、コピー生産出来ない製品が沢山ありました。

武器でさえ、そうでした。現代でも日本人は、戦艦大和は凄い戦艦だったと聞かされていると思います。でも、これも本当は眉唾なんですよ。知ってましたか?

大和に取り付けられていた対空機関砲は、敵の飛行機がかなり近づかないと弾が届きませんでした。ですから、例え近距離で撃ち落としても、それは、もう爆弾を投下した後なのです。

一方で、連合国の対空機関砲は、日本の飛行機が爆撃に入る前の距離から、撃ち落とす事が出来ました。

つまり、弾の届く距離が全然違うワケですね。これじゃ戦争になりませんよね?

もちろん、日本は連合国側の機関砲を海外企業からサンプル程度には購入していました。しかし、技術的にコピーする事が出来なかったのです。ですから私は、WWⅡで日本が勝つ可能性は、始めからゼロ%だったと思います。

戦後日本は、技術移転やコピー生産から出発して、世界の消費文化を支える生産国になりましたが、おそらく海外から見ても、それがイメージ的には日本のポジションだったのだと思います。

時代が進み、生産拠点が海外に移ると、日本は開発国としては振るわず、斜陽化して今日に至ります。これが、日本は終了コンテンツと言う話の内容でしょう。

技術立国と言われた日本ですが、その技術とは生産技術がメインであって、開発技術では余り振るわなかったのですね。

何故?その様になってしまったのか?は、色々な説がてんこ盛りな様ですが、取り敢えず、その様な現実が現状なのは確かでしょう。

今後の日本は、サービス産業と医療福祉産業、更にムーンショット計画関連産業が、国家が主導する計画に於いて、重点的に育成する産業との事です。さてさて、どうなるのでしょうね?